道重さゆみ伝説

2013-02-28 (木) 03:28:57 (1457d)

道重さゆみ伝説とは、とある名無しのハロプロファンが2ちゃんねるに書き込んだ感動的な書き込み。
2013年1月22日から、何日かに渡って書き込みが行われた。
アルファルファモザイクという2ちゃんねるまとめサイトが取り上げたことでTwitterなどで拡散され、ネット上で広く言及された。
また、2月26日に作者がに現れ、カットした箇所を書き込んだ。
以下はそのカットした部分も含めた完全版の全文。

1.劣等生だった道重さゆみ


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久住小春つんくがオーデションの時点で「次世代のエース」と明言し
合格告知にはつんくとメンバー全員がわざわざ新潟まで出向いたほど
鳴り物入りでゴマキ以来のピン加入で入った超エリート待遇のVIPメンバーだ
新加入最初のツアー名もメンバーの名前を初めて冠した「小春ちゃんいらっしゃい」

片や道重さゆみは超絶音痴で顔以外の取り柄がなく歌唱至上主義のハロプロでは
後列端に置かれ人気もなくファンの間では常に解雇候補一番手と囁かれていたメンバーだった
久住の教育係というのも大人気ゲームソフトに糞ゲーを抱き合わせで売るように
事務所がVIPの傍にくっつけてみただけの意味しかなかった

だから久住教育係道重を付き人のように扱いこき使ったのもある意味自然なことだった
道重の言うことをまったく聞かず話の途中にトイレに行ってしまうなど久住の傍若無人さに
道重はストレスで人知れず眉毛を抜き続けるほど病んだ
しかも当時は顔のタイプが似ていたため僅かにいた道重のファンも新人の久住にごっそり持って行かれた

久住は加入後ほどなく抜擢されたアニメ「きらりんレボリューション」の月島きらり役が大当たり
持ち前の明るさ華やかさで当時の幼女界隈ではトップアイドルとなり
主題歌の久住ソロ1曲目「恋☆カナ」はヒットし2曲目の「バラライカ」は遂にモ−娘。本体のCD売り上げを超えた
既に全盛期の終わっていたモ−娘。においては久住は初めて外部で売れたメンバーとなった

その間も道重は仕事も無く同期にくらべ写真集もろくに出せず
道重を持て余した事務所は事務所枠の空きができた名古屋ローカルのラジオ番組を与えた
それも娘。ファンの間では田舎の味噌ラジオが唯一の仕事かと嘲笑されていた
番組では毎週2〜3曲ハロプロの曲をかけるがバラライカヒット中もその番組で久住のソロ曲がかかることは決して無かった

しかしこのラジオが後に道重の運命を変えることになる

2.才能の開花


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2006年4月に始まったアニメ「きらりんレボリューション」は大人気を博し
主人公月島きらりの声優とメディアミックスできらり役を演じた久住
「小学一年生」などの学習雑誌や、きらりグッズのテレビCMなどに頻繁に登場する
久住のきらり人気は小学館の上手い仕掛けもあって、その後2年以上に渡って続くことになる

一方、「きらレボ」開始の半年後2006年10月に道重のローカルラジオ「今夜もうさちゃんピース」がひっそりと始まった
他に仕事も無い道重は、コツコツとラジオで話すネタを練り喋りを工夫し徐々に進歩していった
まだわずかに居た道重ファンはその喋りの上達ぶりに注目し
道重自身もこの番組で自分の喋りの才能に初めて気付くことになった

翌年の2007年5月、道重の芸能生活で初めての幸運が訪れる
藤本美貴が庄司智春とフライデーされた岩盤浴事件である
当時モー娘。のエースの二人、藤本と高橋愛は、大御所明石家さんまのラジオ「ヤングタウン」の
レギュラーを長年務めていたが、この事件で藤本はモー娘。を急遽脱退しヤンタンも一時休養することになった

急なことで慌てた事務所は、その時メンバーで唯一ラジオをやっていたという理由で道重を臨時の代役に立てた
このヤンタンの1回目2回目で道重はソロラジオで培った喋りの面白さを一気に爆発させ
それまで何年もレギュラー固定でマンネリで澱んていた番組の空気を一変させて活気付かせ
3回以降にはもう藤本休養の間の代役という当初の設定は立ち消え暗黙のうちにレギュラーとなった

道重はその後、相槌などが不器用だと厳しく叱責した大御所さんまに向かって
放送中に鉛筆を投げつけるという伝説も作ったが
半年後にはそのさんまをして「可愛くて面白い、おまえが何で売れへんのかわからん」と言わしめるほどになった
しかしさんまは自分の番組のキャスティングには一切口ききをしないポリシーがあり世間では道重は相変わらず無名のままだった

3.ミノムシ


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一方久住月島きらり役が好評で予定上限の2年を超えもう1年延長することになった
その3年目に入った2008年4月、事務所は久住をモー娘。でも本格的に売り出すべく
つんく渾身の新曲「リゾナントブルー」で歌パートやPVのスポットを高橋愛田中れいな、久住小春のスリートップに
極端に偏らせ他のメンバーをバックダンサーにした布陣でモー娘。復権の勝負に出る

この曲の積極的なプロモーションの一環でモー娘。はテレビ番組「音楽戦士」で1年以上ぶりとなる長時間トークの機会を得た
ここで道重はソロラジオで蓄積したネタとヤンタンでさんまに鍛えられたトークで何度もスタジオに爆笑の渦を巻き起こし
深夜テレビとはいえこの時メディアで初めて、隣の久住を差し置いて道重が脚光をあびることなり
そのトークの成長を知らなかった、かつて味噌ラジオと嘲笑した他メンバーのファンを驚愕させ、初めてグループ内での存在感を示した

これで今後にかすかに光明の見えた道重だがしかしその年の夏、また道重を病ませる壁が立ちはだかる
ミュージカル「シンデレラ」の蓑虫(みのむし)号泣事件である

2008年夏、モー娘。はメンバー総出演のミュージカル「シンデレラ」を興行した
主役と王子役に5期の高橋新垣、意地悪なお姉さん役に6期の亀井田中
姉役に次ぐ伝令官役に7期の久住と、キャリアの上から順当に相応の役が割り振られるなか
6期の道重は原作にはない妖精役で、セリフがなくワイヤーで吊るされで宙を舞う役があてがわれ
ヤンタンで話を聞いたさんまに「おまえは蓑虫か!」と笑われていた

厳密に言えば、「シンデレラでセリフなし」は正しくない
最初の台本では宙に吊られる妖精役だけでセリフ無しだったが、見かねた誰かが進言したのかどうか
稽古の途中で道重は二役め三役めとして「村娘」と「淑女」というエキストラ役をもらい、
その「村娘」役で、「まぁ、お妃様捜しですって!」の一言だけセリフが与えられた

そのたった一つのセリフも、「おきさきさまさがし」が言いにくいのを面白がったさんまに
ヤンタンで弄られ、そのセリフの練習をさせられるという、余計にもの悲しい風景が展開した
なぜなら「おきさきさまさがし」を早口言葉のように繰り返させられる道重の席の隣には
全編セリフありまくり歌いまくりの主役シンデレラ、高橋愛が座っていたのだから

しかし数ヵ月後にさんまはボソっとこう言った
「シンデレラは高橋やなくておまえ(道重)やったな」

先に音楽戦士でトーク能力を示し、ヤンタンでも度々さんまに絶賛されていた道重だが
歌唱力や舞台に拘る(こだわる)事務所は音痴の道重の売り出しに動くことは無かった
それまで先輩の卒業コンサート以外では人前で泣くことが決してなかった道重だが
ミュージカル終演後の2008年10月、ソロラジオでその時の辛い心境を語りながら号泣した
このシンデレラが、初めて道重にある覚悟をさせ、それが後のバラエティブレイクへの伏線となる

一方、久住の「きらレボ」も吉川友などとユニット売りで目先を変えたりしたが、3年目はさすがに人気も下火になり
また久住自身も身長が著しく伸びて顔つきも急激に大人びてきて、きらり役にそぐわなくなった
3年間でアイドルファンの嗜好に合わない長身美人系に変貌した久住は、モー娘。ファン内での人気がなかなか上がらず
事務所が高橋愛の売り出しに傾倒したこともあり、久住は足踏み状態に陥った
この年のモー娘。は年間のテレビ出演数が片手で数えられるほどメディア露出に背を向けた閉塞状態が続いていた

4.活かしきれない才能


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高橋愛の売り出しに固執し続けた事務所は遂に、高橋にNHK20時の連続ドラマの主役を獲得した
2008年秋はその高橋のドラマ撮影のため、他のメンバーはツアー以外は事実上活動休止状態に陥った
そこで事務所は他メンバーファンへのガス抜きのため、初めて他メンバーをバラでいくつかのテレビ番組に出演させた
道重にも矢口真里のバーターで2009年1月3日オンエアの日テレ特番「小学生教科書クイズ」への出演が割り振られた

後年から振りかえれば、これが道重にとって最初で最後の唯一度のチャンスであった
シンデレラの号泣から僅か2ヶ月後のこの時、道重は、もうモー娘。には自分の居場所は無い、と覚悟していた
この番組は、里田まいが起こしたお馬鹿ブームに便乗して、つるの剛士、スザンヌを目玉としていたが
ピンでのテレビ初出演であった道重はここで爆発的にお馬鹿な面白回答を連発して
出演30人中で回答を弄られた回数が、つるの、スザンヌ、他の芸人たちを上回る最高数となり
司会の上田晋也から「芸人は君とはもう出たがらないよ。君は今年忙しくなるねぇ」と驚かれた

しかしそこまで道重を持ち上げた日テレでも丁度AKB推しを始めた時期でもありその後ほとんどオファーはなく
事務所は少しづつ道重を地方やテレ東の番組でコツコツとテレビ経験を積んではいたがしばらく鳴かず飛ばずであった
そして教科書クイズから半年ぶりに掴んだメジャー番組の出演が2009年7月のロンドンハーツ「格付けしあう女たち」である
ここで道重は最後の賭けに出た

5.ナルシストキャラ


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教科書クイズのお馬鹿回答でその番組内を席巻した道重だったが、
当時もうお馬鹿ブームは終焉を迎えつつある時期であり、
今からお馬鹿に新規参入しても先が無いと危惧するファンは多かった

また当時、Liveパフォーマンス至上主義で「ハロプロブランド」に拘っていた事務所上層部は、
現役メンバーのバラエティ売りには頑なに否定的であり
教科書クイズ後の道重の地方局などでのテレビバラエティ修行も、実は事務所の若手スタッフたちが
上層部を騙し騙し目立たぬように進めていたもので、いつ上からストップがかかるかもしれない状態、
つまり道重には時間の猶予が無かった

こううした状況のなか、20歳目前でロンドンハーツ収録に臨んだ道重は、ここで賭けに出た
過激な「ナルシストキャラ」に打って出たのである

実は道重のナルシストキャラは、加入後間もない14歳頃から自分で考えて始めたものであり
数少ないモー娘。のテレビ出演の時には、ときにそれを出してダウンタウンにツッコまれたり
青木さやかにキレられたりと、その場その場では笑いを取っていた
その後道重は18歳の頃にキャラが年齢的に潮時と考え、ナルシストキャラはほぼ封印し、
モー娘。内では腹黒キャラ(ぼそっと毒舌を吐くキャラ)に取り組んでいた

ここで押し入れの中で埃を被っていたナルシストキャラを引っ張り出し、腹黒キャラの毒舌を
上乗せした道重の決死の出演は、キャラとしてはファンの見慣れたネタではあったが、
その攻撃的な絡み方、表情、言葉の切れ味など、すべてが昔より格段の進歩をとげており、
国生さゆりや杉田かおると渡りあうそのインパクトは視聴者に大反響を巻き起こした。

大反響のほとんどは反感・非難であったが、引き続き同年9月に2回目の出演をした道重は、
更に磨きがかかったナルキャラと巧妙な毒舌トークで1回目がマグレでないことを業界に証明した
しかし一般人には火に油を注ぐ結果となり、その年秋の週刊文春「女が嫌いな女ランキング」で初登場10位に登場した

この2009年の1月からワンクール放送された高橋愛の連続ドラマ主演は、その頃のモー娘。ファンからみたら
夢のまた夢のような、モー娘。メンバーでこんなメディア露出の量は、これが最後だろうと言われていた
しかしこの7月のロンハー以降、誰も予想していなかった道重のテレビラッシュが始まり、
その年の暮れまでに高橋愛のテレビ出演時間数を追い越してしまった

モー娘。後列メンから一躍人気バラドルとなった道重であったが
一般からは嫌われ者キャラとしての反響が大きく、知名度と比例してそのストレスも徐々に蓄積されていった
そしてそれが顔の肌荒れとなって道重を襲った

6.ストレス


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カワイイを自称する道重が、こともあろうにその顔が酷い肌荒れのままテレビに出て
ナル毒舌キャラを演じねばならなかった時期の苦悩は、想像を絶するものがあった
肌荒れの原因となった嫌われ者キャラのストレスを軽減するため、道重と事務所はテレビ出演を控えた
この時に道重は、それまでの無理をやめ、素に近い自分でやっていく決心をする

元々、素の道重は多少のナルシスト要素も毒舌要素も持っていたが
それを極限まで誇張し攻撃的にしたのが、それまでのテレビの道重だった
しかし、テレビが要求するままにそれをエスカレートさせていって、やがてその先にある断崖から落ちる前に
道重はこの肌荒れによって立ち止り、等身大の自分へと立ち戻ることができた
(この肌荒れはその後、4か所の病院を廻った後、つんく紹介の病院の治療がうまくマッチし、完治した)

一方、きらり役終了後、足踏み状態が続く久住に、2009年5月の春ツアー終盤で小さな異変が起こる
それまでMCコーナーのひとつを担当していた久住が、あと数公演を残すだけの段階になって、
突然MCが田中れいなに交代されたのだ

たかがMCコーナーのひとつではあるが、千秋楽ではコンサートのDVD撮影が予定されており、
それまでの30公演でMCを務めてきた久住がDVDの記録には残らないことになり、普通ではまずありえないことである
久住はそれまでつんくの楽曲批判に近い発言を何度かしてきており、これもつんくと衝突したことによる
何らかの制裁であるとも推測できたが、確たる原因は不明であった。しかしこれが伏線だった

7.久住の卒業


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同年9月、秋ツアー初日に、突然久住の卒業が発表される
以前は毎年のように卒業と加入を繰り返してきたモー娘。であったが、先の藤本美貴の脱退以降、
3年間も卒業加入がなく、この時の9人のまま解散する予定なのではと噂されていた矢先のことだった
メンバーの世代構成的にも実績的にも、次の次のリーダーと目されていた久住の突然の卒業は衝撃的であった

久住の卒業は、発表から3カ月で卒業するという異例の短さ、卒業公演にアリーナクラスの会場で追加公演を行わず
当初の予定通りのホール会場のままであることから、
卒業が急遽決まったこと、事務所に久住の卒業を盛り上げる気が無いことは明白であり、
久住と事務所との間に何か修復不可能の衝突があったことを伺わせた
 
道重と久住の確執は、お互いに嫌い合っていただけの単純な関係ではなく
時にアイドルとして認め合い憧れ合う面も含んだ愛憎入り混じった奇妙で複雑な感情がそこにはあった
その一端が発露したのが2010年12月の久住の卒業公演である

久住は卒業公演を翌週に控えたある日、一人でつんくを訪ねた
そこで久住は、「最後にレインボーピンクを歌わせて下さい」とつんくに直談判したのだ

「レインボーピンク」とは、かつて久住がモー娘。内で期間限定で組んでいた二人組のユニットであり、その相方は道重だった
この、ブリッコアイドルを極限まで誇張しパロディ化したユニットは、そのコンセプトのぶっ飛びぶりと
持ち曲「レインボーピンク」「メリピンクリスマス」の面白さには強烈なインパクトがあり、
ユニット活動終了後も、アイドルファンやアイドルの卵の女子などで伝説的に語られていた

久住の申し出をつんくは了解し、数年ぶりに道重久住の伝説のユニットが久住卒業公演で復活した

後に久住はこのことを「最後にどうしてもあれをやりたかった」と述懐している
先に触れたように、その不可解な卒業の経緯から、ファンの間では久住とつんくの関係は
不仲、反目、冷戦といった観測で見る向きが多かった

高慢な久住が、そんなつんくに頭を下げに行ってまで「最後にどうしてもやりたかったもの」が、
モー娘。での久住の代表曲とも言われる「みかん」や「ぐるぐるジャンプ」ではなく、
かつて幼女界で一世を風靡した「月島きらり」でもなく、
なぜか道重とのユニットであった、というところに
久住の道重に対する、単に見下すだけではない奇妙な感情が垣間見える卒業公演であった

しかしこの公演はそれだけでは終わらなかった

久住の家族も来ていてツアーDVDも撮影中の卒業セレモニーで
道重が前代未聞のコメントを発したのだ

8.「私は嫌いだった、あなたのこと」


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卒業セレモニーではメンバーの一人一人が順番に久住へのメッセージを発表する
他メンバーからの送辞は、お決まりの言葉とお約束の抱擁で淡々と進み、道重の番がきた
道重と相対した久住は万感の思いを込めて突然、「道重さーん!」と道重に駆け寄ろうとする
しかし道重は「来ないで!」と制止して久住を元の立ち位置に戻し、そしてこう言い放った
「私は嫌いだった、あなたのこと」

当時すでにテレビでの毒舌キャラが知られていた道重ではあったが
卒業式での、久住の目の前にしてのこの言葉には、
久住の教育係時代の確執を知っているメンバーもファンも、一瞬反応に困り会場は騒然となった

しかし道重は続けて「・・でも、何でこんなに寂しいのか・・・」と久住への複雑な感情を語りだした
傍若無人な久住への嫌悪と、アイドルとして圧倒的な「華」を持つ久住への尊敬・憧れの入り混じった心情を
切々と語り終わった後、二人は抱擁したが、その抱擁はいつまでも終わらず、
時間進行を心配した周りのメンバーたちに引き剥がされるまで続いた

9.未来

次世代エースのVIPメンバー久住小春と、窓際音痴メンバー道重さゆみ
この対照的な二人の教育係時代からの愛憎劇には、まだまだエピソードは多々あり
道重の劇的な躍進も背景にあり、傍目には何年にも渡るドラマのような面白さがある

また、モー娘。の閉塞状況を見限り新天地を求め飛び出した久住と
テレビで売れた後も閉塞状況のモー娘。に留まることを選び、リーダーとなった道重
二人の選んだ道もまた対照的なものになった

ちなみに、道重の礎となったラジオの成功を見て、事務所はその後他のメンバーも次々にラジオを始めさせた
それはメンバーたちの喋りの上達には寄与したが、いずれも1,2年で終了した
しかし道重の「今夜もうさちゃんピ−ス」は、一時は若手アイドルたちから「アイドルラジオの教科書」と評され
ラジオメディア不況で何度も時間枠が再編されるなかでも、なお生き残り
6年を超える現在も継続中で、ハロプロのソロラジオ最長記録を更新中である

モー娘。の長い歴史の中で個人名をツアー名を冠したのは、
以前紹介した通り、次世代エース久住小春が新加入した時の「小春ちゃんいらっしゃい」と
2011年秋、事務所イチ推しのエース兼リーダーだった高橋愛の卒業ツアー「愛BELIEVE」

そして、この春から始まる次のツアー名は「ミチシゲ☆イレブンSOUL」
遂に、かつての窓際音痴メンバー道重が、冠ツアー名を獲得した
決して派手ではないが継続は力なりを地で行く道重の物語はまだまだ続く



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道重さゆみ自身もこの話を読んだらしい

2013年2月25日の今夜もうさちゃんピースでこの件について発言していた。
(詳細はこちら)

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関連項目

道重さゆみのエピソード
モーニング娘。
久住の卒業理由
道重さゆみ伝説に対する道重自身の反応


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